クリプトエコノミクスと管轄・準拠法
クリプトエコノミクス(暗号資産・仮想通貨の経済圏)と既存国家秩序との関係は,色々と法的問題を提起します。
今回は,主に民事的法的な領域です。
クリプトエコノミクスでの法的紛争の管轄や準拠法の問題については,
仮想通貨に関する国際的な法的問題についての考察(森下哲朗)
とうものがネットに公開されていました。
概略としては,既存の枠組で対処可能ということです。
率直な印象としては,
「既存の枠組みで対処可能な問題も少数ながら存在する」
というのが本当の結論かな,と思います。
もう少し言えば,やはり少し古い論考なので,あくまで仮想通貨としてのビットコインが提起する問題の考察であって,イーサリアムやスマートコントラクトが提起するクリプトエコノミクスの問題は射程外かなという印象です。
まず,クリプトエコノミクスでは,多くの事案において,相手方の特定が困難です。
裁判手続に乗せるには,相手の住所(国を含む)と名前を特定することが必要です。しかし,クリプトエコノミクスにおける取引で,相手方のアドレス等からそこまで特定できることはレアケースです。
相手の名前と住所がわかった上で,どこの国の裁判所で裁判をするのか(管轄の問題),どこの国の法律に基づいて裁判するのか(準拠法)の問題を決めることになりますが,上記論文で色々な分析がなされているように,実際にある裁判所に提訴して受け付けてもらえるのか,その上でどこの国の法律に基づいて判断がなされるのかの事前の予測はかなり不安定です。
その上で,ようやく勝訴判決を得たところで,その判決に意味があるかです。現実社会での勝訴判決であれば,強制執行という手段で,相手が嫌がっても強制的に判決の内容を実現できます。しかしクリプトエコノミクスでは,困難な場合が多いと言えます。ビットコインの帰属についての勝訴判決の執行は,方法を考えにくいです。NFTアートについては,まだ主催サイトが明確な場合は,なんとか進んでみる余地はありそうですが,この部分も完全に分散化した場合は,やはり執行するイメージが湧きにくいです。
で,上記の通り裁判をしたところで,どうにもならない場合がほとんどとなると,あまり高額な紛争は起こりにくい。そうすると,うまくいくかどうか分からない裁判を,多額の費用倒れを覚悟してやるか?というと,普通はやらないでしょう。
そうなると,既存の枠組みで対応可能な事案は,
- 相手の住所名前が特定できて
- 管轄や準拠法の点から,ある程度見通しが予測できる事案で
- 最終的な執行についてもイメージできて
- 費用対効果を考えて意味がある程度の高額事案
という条件をある程度備えている必要があり,レアケースになろうかと思います。
将来的には,クリプトエコノミクスによっては,(Facebookが実名主義をとるように),実名の特定を参加条件にすることで信用を確保するものがでてきたり,国際的な枠組み等で管轄や準拠法について予測可能性がたち,執行について国家秩序と協力関係をもつことで安全性を売りにするクリプトエコノミクスが出てきたり,そういったクリプトエコノミクスでは高額取引も行われるようになり,という状況が生まれれば,司法の枠組みとクリプトエコノミクスは近づいていく可能性もあると思います。
ただ,現状では,むしろ,司法的救済は期待できない状況での取引方法について,検討していくことが現実的なのだろうと思います。